FTAを活用した環境分析の品質改善
一般社団法人日本環境測定分析協会主催
平成24年度・第20回 日環協・環境セミナー全国大会 in Hokkaido
発表日:平成24年9月21日
掲載紙:「環境と測定技術」 vol.40 No.6 p4-9 (2012)
要旨
1.はじめに
FTA(Fault Tree Analysis:故障の木解析)は、製品設計上の信頼性や安全性を改善する目的で開発され、自動車、通信システム、建設工事など多くの産業で世界的に活用されている。これは、製品(システム)の不良現象から、その想定原因を逐次下位レベルに展開し、重大な故障が起こらないように事前対策を行うことができる手法である。本発表では、ICP-MSを用いた亜鉛濃度分析の際に生じた問題を例に、環境分析の分野における品質管理・品質改善へのFTAの有効性を検証したので、その結果を報告する。
2.結果
ICP-MS分析法では、pptレベルの高感度な定量分析ができるが、試料溶液の調整や干渉補正等に注意を要する。特に、亜鉛については様々な用途に利用されているため、コンタミネーションを受けやすい元素の一つであり、ICP-MS分析法で亜鉛の異常値が検出された場合には、原因追及が困難となる場合が多い。実際に、認証標準物質を用いた金属物質の多元素同時分析を行い、日間変動を見てみると、亜鉛濃度の値が突発的に上振れすることがあった。そこで、この問題に関して、FTAによる問題解決を試みた。
FTAでは、まずFT図(故障の木図)を作成し、次にそのFT図を基に事象の解析をする。我々は、最初に、「ICP-MS分析による亜鉛濃度の突発的な上振れ」を頂上事象とするFT図を作成した(図1)。ここでは、機器操作、試料の前処理、器具の洗浄の順に下位レベルの工程となり、各工程で使用する器具や薬品等が最も下位の事象となる。
作成したFT図における基本事象(最も下位レベルの事象)を調査するため、条件を変えたブランク測定を行い、日常的に同時処理をしている他の分析試料、器具の酸洗浄時に使用する浸漬液、作業をしている試験室内の大気等についても金属成分の分析を行った。その結果、ドラフト内での試料加熱時に、ある条件の下で亜鉛のみが高濃度に検出されることが分かった(図2)。
そこで、ドラフトチャンバー内での亜鉛混入の物理的要因として考えられる気流を調べるため、気流の可視化実験を行った。チャンバー内にレーザー光を照射し、ドラフトの入り口から微粒子パウダーを入れ、気流を観察すると、ガラス扉を閉める際に乱流となり、渦の形成が確認できた(図3)。さらに、この乱流がドラフトの正常稼働時に生じるものか、故障やフィルターの詰まりが原因で生じるものかを検証するため、熱流体解析シミュレーションを行った。シミュレーションにおいても実験と同様の結果が得られた(図4)。
3.考察
気流の可視化実験と熱流体シミュレーションの結果が一致したことから、ドラフトチャンバー内における乱流は故障等が原因ではないと言える。このように、加熱分解工程のFT図を展開することによって、「ドラフト壁面が汚れ」と「ドラフト扉の開閉状態」の2つの条件がそろえば、亜鉛は試料内に混入する恐れがあることが分かった(図5)。
このFTAの結果を受け、原因として最も可能性の高い事象(ドラフト内での汚染)については日常的な清掃を徹底するように規定・手順書を改定し、可能性は低いが残された他の事象については作業方法や消耗品の交換頻度等を再検討した。
FT図の各工程を展開していくことで、さらに原因を追及することも可能になると考えられ、他の事例においても、今回作成したFT図をベースにFTAによる品質管理が期待できる。本報告の通り、FTAは論理の厳密性をFT図により視覚的に表現することを特徴の一つとした手法であり、複合的要因、さらには人的要因も含んでとらえることなどから、環境分析の分野においても品質問題の原因追及に有効な手法として活用できる。
図1.「ICP-MS分析による亜鉛濃度の突発的な上振れ」を頂上事象とするFT図
図2.加熱処理前と処理後の亜鉛・アルミニウム・鉄の濃度比較
図3.ドラフト気流実験解析結果
図4.熱流体解析シミュレーション結果(協力:株式会社 GSユアサ 研究開発センター)
メーカー仕様通りの流速になるように排気・吸気減圧を設定
図5.「加熱分解中に亜鉛混入」を頂上事象としたFT図