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固相カラムのフェノール保持能に影響する要因

固相カラムのフェノール保持能に影響する要因

一般社団法人日本環境測定分析協会主催

平成24年度・第20回 日環協・環境セミナー全国大会 in Hokkaido

発表日:平成24年9月21日

掲載紙:「環境と測定技術」 vol.40 No.6 p4-9 (2012)

要旨

 

1.はじめに
 フェノール類は、ベンゼン環の水素が水酸基に置換した化学構造をしている化合物群であり、合成樹脂、界面活性剤、染料、農薬等の製造原料として使用されている。一方で、それらは毒性が強く環境中の生物に影響を与える。また、河川水を水道原水として用いる場合、河川水中にフェノール類が混入していると、浄水処理過程で使用する塩素と反応してクロロフェノール類が生成される。これが水道水に異臭味を与える原因物質となっている。このように、フェノール類はその毒性と水道水の臭気と味に与える影響が問題とされている。
 フェノール(分子式C6H5OH)は、環境省によって平成15年より水生生物の保全に係る要監視項目とされており、その指針値は最も低い水域で0.010mg/Lと定められている。
ところで、同年の環境省通知(環水企発031105001・環水管発031105001)、ならびに同年の厚生労働省告示261号においては、前処理方法の1つに固相抽出が定められている。固相抽出は溶媒抽出に比べ、使用する有機溶媒が少量で、水溶性の高い物質にも適用可能である。また、簡便で迅速かつ高い濃縮効果が得られるなどの利点が挙げられる。
固相抽出に用いる固相カラムは、厚生労働省告示261号別表第29では「ジビニルベンゼ-N-ビニルピロリドン共重合体又はこれと同等以上の性能を有するもの」としている。また、同告示では、水道水水質基準としてフェノール類の濃度(フェノール、2-クロロフェノール、4-クロロフェノール、2,4-ジクロロフェノール、2,6-ジクロロフェノール、2,4,6-トリクロロフェノールの合計濃度をフェノールに換算したもの)が0.005mg/L以下と定められている。
 ジビニルベンゼン-N-ビニルピロリドン共重合体は疎水基(ジビニルベンゼン)と親水基(N-ビニルピロリドン)を組み合わせたポリマーである。同様に、疎水基と親水基を組み合わせたポリマーで構成される固相カラムは、複数のメーカーから販売されている。これらの固相カラムを用いて、上記6種のフェノール類の回収率をそれぞれ比較したところ、一部の固相カラムでフェノールの回収率の低下が見られた。本研究では、フェノールの回収率が低下した原因を検討した。
 
2.結果と考察
2.1  A1B1の回収率

 

 各フェノール類を5μg/Lに調整した検液を、表1に示したAの固相カラムA1Bの固相カラムB1にそれぞれ通水し、フェノール類を測定した。その結果を図1に示す。B1でフェノールの回収率が低いことがわかった。
 

 

2.2 表面積の検討
B1を図2のように2個連結させ、充填剤の表面積をA1に近づけて固相抽出し、フェノール類の分析を行ったところ、フェノールの回収率はA1と同等の水準になった。その結果を図3に示す。検液の通水方向の上流側のB1からは4.06μg/L、下流側のB1からは1.10μg/Lの測定値が得られた。このことから、図1B1でフェノールの測定値が低下したのは、固相カラムからの溶出が不十分だったのではなく、通水時に固相に保持されず流れ出ていたことによると考えられる。 

 

 

2.3 高濃度検水における回収率の変化
次に、各フェノール類をより高濃度である1mg/Lに調整した検液を、2個連結した固相カラムA1B1に通水し、フェノール類の測定をおこなった。その結果を図4に示す。いずれの固相カラムも上流で、全てのクロロフェノール類の回収率が95%以上であった。しかし、フェノールについてはA1上流(A1-1)での回収率は95%であったが、B1上流(B1-1)での回収率は26%であった。表面積をA1同等とした、B1-1B1-2の回収率の和は76%であった。同様に、各フェノール類の濃度を2mg/Lに調整した検液を用いて、フェノール類の測定をおこなったところ、A1-1では84%の回収率、B1-1B1-2の回収率の和は60%であった。このように、より高濃度のフェノール類を含んだ検液では、固相カラムの表面積は同等でも、A1B1間で回収率に差が生じることがわかった。この差は、親水性の高いフェノールだけで見られたということと、A1B1の固相カラムの基材が異なることから、固相カラム親水基が影響していると考えられる。
 
2.4 クロロフェノール類とフェノールの回収率
 次に、クロロフェノール類が、フェノールの回収率に与える影響を把握するため、6種フェノール類混合検液とフェノールのみを含んだ検液で、フェノールの回収率を比較した。その結果、5μg/Lの検液では、クロロフェノール類の有無による、フェノールの回収率に差は認められなかった1mg/Lの検液では、A1において、フェノールの回収率はクロロフェノール類の有無に関わらず、良好であった。B1においては、クロロフェノール類混合検液の、B1上流カラムの回収率は25%であったのに対し、フェノールのみを含んだ検液の、B1上流カラムの回収率は49%であり大きな差が認められた。また、クロロフェノール類混合検液のB1上流カラムでフェノールの回収率が低く、クロロフェノール類をほとんど含まない下流で高くなっていることからも、クロロフェノールがフェノールの保持を妨害していることを示している。一方で、B12連結カラムの上流と下流の回収率を合計したものでは、クロロフェノール類混合検液では76%、フェノールのみの検液では79%と大きな差は認められなかった。これらのことから、クロロフェノール類が検液中に共存することによって、フェノールの保持が妨害されるという影響を与えるものの、固相カラムがそれらの濃度に対して、充填剤表面積を十分に確保しているのであれば、その影響を低減させることが可能であると考えられる。
 
2.5 水によるフェノールの溶出

 

 B1において、フェノールの回収率が低下する理由として、水が固相カラムに保持されたフェノールを溶出させ得るか確認した。その結果を図5に示す。A1B1ともに5μg/Lに調整したフェノール類混合検液を通水した後、すぐに200mLの水を通水させた。それぞれフェノールを測定したところ、A1では200mL通水処理をしたものと、しなかったもので、回収率に変化は見られなかった。B1では200mL通水処理したことによって、フェノールの回収率が低下した。このことから、B1における、親水基とフェノールの保持は、A1のそれに比して弱いため、水によって固相カラムからフェノールが溶出したと考えられる。水は検液の溶媒でもあるため、検液通水時に、フェノールが固相に保持される一方で、保持されたフェノールは検液の通水によって、固相カラムから同時に溶出されていると考えられる。

 

 
2.6 親水基におけるN含有の有無とフェノールの回収率
 以上のことから、フェノールの固相抽出には、固相カラムの表面積と、親水基の種類が影響していることが明らかとなった。親水基はメーカーによって、N(窒素)を含んだもの、Nを含まないものなどがある。今回、各種条件で良好な回収率を示したA1は、基材がジビニルベンゼン-N-ビニルピロリドン共重合体であり、Nを含む。Nの有無がフェノールの回収率に与える影響を調べた。Nを含むものの回収率はいずれも88%以上であったが、それ以外のものは55%~70%であった。B1のメーカーが開示する情報では、B1の基材には親水基が含まれるとした記述であり、Nの有無は公開されていない。この比較結果通り、Nの有無が回収率に影響を及ぼすのであれば、B1にはNが含まれていないかもしれない。
 
3.まとめ
 本研究の結果から、フェノールの前処理に、最も適した固相カラムを選択するには、最適な表面積、最適な親水基を持つものに、配慮しなければならないことを明らかにした。固相カラムの親水基がN-ビニルピロリドンであれば、表面積は180m2で問題なく使用することができる。それ以外の親水基を含む固相カラムでは、Nの有無によって、フェノールを保持する能力が変化する。フェノール類の前処理に使用するのであれば、Nを含有した固相カラムを用いることが望ましい。表面積は、N含有であっても、N-ビニルピロリドンより保持力は劣るため、180m2以上のものを選択することが望ましい。